この空を飛べたら

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私が中島みゆきの歌で、最も好きなのは、アルバム「おかえりなさい」に収録された「この空を飛べたら」だ。

はじめてこの曲を聴いたのは、物心がついたばかりの子供のころ。

夕焼けの中を帰っていく鳥の姿を想像しながら、ものがなしさを感じたのを覚えている。

この曲が、「失った誰か」を思い、空を見上げている人の歌だと気づいたのは、ずっと後のことだ。

この歌に歌われる「失った誰か」が恋人なのか、それとも家族なのか、あるいは別の誰かなのかはわからない。

しかし、決して帰ることのない人間を、それでも「戻るはずのない人」と、「戻る」ことに少しの希望をもってせつなく歌う姿が、とても心に残った。

中島みゆきの楽曲を多く聴き、夜会なども見に行くと、彼女の曲の奥底には、独特の転生観があることに気づく。

また、空が、死者と生者を結びつけているようにも思える。

例えば、『永久欠番』の中で、失われていく命がたとえ忘れ去られたとしても「宇宙(そら)の掌の中 人は永久欠番」と歌い、最近では「空がある限り」で、死者のいる空に向かって「そこに神は住むかしら」と歌っている。

「この空を飛べたら」の主人公が、失われた誰かを思い、空を見つめているのは、「また、会えるのだ」と、主人公が信じているからだろう。

加藤登紀子はこの部分を「戻らないあの人」と歌うのだが、「戻らない」と決めてしまうよりも、「どこかで会える」と信じて空を見上げる姿を想像するほうが、あたたかく聞こえる。

私事ではあるが、最近、大事な祖母を亡くした。

ずっと祖母と同居で育ってきた私にとっては、心にぽっかりと穴が開き、とても大きな喪失感を覚えた。

数日後、ふとしたきっかけで、この曲を聴く機会があった。

煙となって空へ昇っていく祖母の姿を想像し、寂しいけれど、どこかでまた会える日を信じて、しっかりと生きていこうという気持ちになれた。

「この空を飛べたら」は、絶望的な悲しみの中にも、小さな希望があることを教えてくれる。http://xn--voxy-3e1gi7qgy2afa3185g.com

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